トランプ・ファースト

 明けましておめでとうございます。年明け早々、中部地区の企業関係者は、不安を抱えたスタートになったのではないでしょうか。いきなり、トヨタ名指しのツイッター批判。メキシコ関連企業への容赦ない批判。隣国、メキシコの人たちは、どんな心持でしょうか。同情を禁じ得ません。
 トランプ氏の動きを見ていますと、企業誘致を推進する地方知事の動きのようです。地方の生き残りをかけた知事のそれです。個別企業を訪問し、地域の活性化の支援を陳情する、そんなイメージでしょうか。しかし。一国の大統領(就任前)、それもアメリカです。一挙手一投足が世界に影響を与える。その指導者が、誰とも協議することなく、ツイッターで企業誘致の考えを発信し、企業を「恫喝」する。こんな光景にぎょっとしている人も多いのではないでしょうか。
 何十年にわたる先人の足跡を、たった140文字のツイッターで、築き上げた様々な信頼関係をいとも簡単に、反故にする。就任前とはいえ、一国の根幹にかかわる経済政策を、外交関係をこんなに軽々しく、発信した指導者がいるでしょうか。
 トランプ氏は政治、経済、法律、行政、外交、安全保障の全てを利益の対象に仕立てようとしているかにみえます。トランプ氏の物差しは、儲かるか、儲からないか。利益とは個人の利益もあれば、企業の利益もある、社会の利益もあります。これらの利益がぶつかり、社会が混乱することが頻繁に起こります。利益を制御するのは誠に難しいものです。政治、経済、文化、歴史など複雑に絡み合う要素を切り捨て、儲かるか儲からないかという自らの基準だけで、国益とするという定義は非常に危ないものです。人は、パンのみで生きているわけではありません。
 中国と激しくぶつかっているように見えても、良い取引が提示されれば、あっさりと妥協する可能性さえあります。盟友イギリス、日本といえども、利益にならないとすれば、平気で手の平を返すかもしれません。プーチンと気が合えば、何のためらいもなくクリミア併合を認めてしまう。北朝鮮であろうとも、安易な取引をする。こんなおぞましい光景が、世界の人々を驚かせる年になるのではないでしょうか。民主主義で選ばれた大統領が、非民主的に暴走する。異様な光景に世界は、戸惑うことでしょう。いまや、大統領就任後に、トランプ氏が品行方正になると期待している人は、ほとんどいないのではないでしょうか。同盟国、非同盟国、どの国とも対立する。アメリカ・ファーストが空虚に聞こえ、トランプ・ファーストがはっきりしてくるのではないでしょうか。政策の整合性も、継続性もあったものではありません。BREXITで後悔しているイギリス人のように、トランプを選出して、後悔する人も出てくるのではないでしょうか。無知な商売人が、国家権力の頂点に登りつめてしまった国というのは、どうなるのか、非常に心配です。就任前の1月であれば、準備をしなければならないことが膨大にあるはずです。就任直前では、世界情勢のレクチャーを受ける中で、選挙前の言動がいかに無知であったかを思い知らされ、「びっくり」している頃でしょう。しかし、トランプ氏は、そうしたレクチャーをも、謙虚に受け止めないと聞きます。トランプ・ファースト。こんな世界の指導者が率いるアメリカ、世界とはどのような秩序になるでしょうか。
 「我々の個人的な願望に合う事柄は、すべて真実のように思われ、そうでないものは、我々を激怒させる」。(アンドレ・モロワ)。こうした人とは対話は成り立たちません。最初から回答を決めている人なのです。日を追って、民主主義国家、アメリカの大統領に相応しくない事実にアメリカが驚愕し、アメリカ国民の亀裂を増していくに違いありません。
 今年は、どのように乗り越えればよいでしょうか。人生のバイブル易経では「地火明夷(ちかめいい)」に相当するのではないでしょうか。「地火明夷とは、太陽が沈み隠れたような暗黒の時代を指し、下の者は明徳を持っているが、上に立つものはとても愚かである時代。このような時代には、明るさや徳は傷つけられ、害され、正道は一切通りません。そのため艱難辛苦するが、どんなに苦しくても、後々のために、固く自分の聡明さを隠して耐えよ」と説きます。

(出所:易経一日一言 致知出版社)


代表取締役 松久 久也