易経に読み解くビジネス(9) 米朝会談、その後

 先日、長閑な田舎の川沿いを散歩していると、待ち遠しそうな桜のつぼみが話しかけてきました。思わず、シャッターを切りました。日々、時は流れています。末には、花見のにぎわいに咲き誇っていることでしょう。
 さて、先月末の米朝会談の決裂は、トランプ大統領と金正恩委員長の思い込みが破綻した瞬間でした。
 米朝会談の速報で、トランプ氏は「(会談は)とても成功するだろう。(我々の)関係はとても良い」と答えました。さらに、トランプ氏は「1回目の首脳会談で我々は大きな成功を収めた。今回も1回目と同等かそれ以上に素晴らしいものになることを期待している」「あなたの国は素晴らしい経済的な潜在能力をもっている。信じられないくらい、限りなく。あなたの国には素晴らしい未来がある。我々はそうなるよう手助けする」と語りました。
 これに呼応するかのように、金正恩委員長は、「我々は、大いに努力してきて今、これを見せるときとなった。ともに歩み、ここベトナムのハノイに来て、今、立派な対話を続けている。昨日に続き、この瞬間も全世界がこの場を見守っていると思う。我々の出会いを懐疑的にみていた人たちも(いたが)、我々が向き合って座り、立派な時間を過ごしているのを、まるでファンタジーの一場面としてみている人もいるだろう。…私の直感では今日、いい結果が生じると信じている」。
 2人の自信に満ちた表情は、朝鮮半島が大きく前進することを想起させました。しかし、結果は皆さんご存知のとおりです。ツートップだけの実に甘いスタンドプレーでした。現在の両国は、どのような思いになっているでしょうか。易経を通して、洞察したいと思います。
 まず、アメリカのスタンスです。アメリカは今、北朝鮮をどのように捉えているでしょうか。天地否5爻です。天地否の卦辞は、「否(ひ)の人に匪(あら)ざる、君子の貞に利あらず。大(だい)往(ゆ)き小来る」です。
 以下のような意味になります。北朝鮮の考えは、人道に背いている。君子(金正恩委員長)の正しい道がふさがって行われない。つまり、アメリカは、北朝鮮に非核化の意思はなく、人道に背いていると判断しています。トランプ大統領という“弱み”に付け込んで、核保有を既成事実化しようとした北朝鮮とは、交渉ができないと判断しているようです。
 爻辞を見てみましょう。「否(ひ)を休(や)む。「大人(たいじん)の吉なり。其れ亡(ほろ)びなん、其れ亡びなんといい、苞桑(ほうそう)に繋(かか)れり」。
 天下のふさがりをやめさせることができる。今に滅びるぞ、今に滅びるぞと言いながら、頑丈な桑の根につなぎ止めるようにして、油断なく国家を保つべきである、といいます。
 時はまだふさがりの時期を離れてはいないので、「今に滅びるぞ」という戒めを継続しなければならないと説きます。その効果(経済制裁の効果)が出て、ふさがりがようやくやんで、北朝鮮が、徐々に泰平に帰ろうという動きをしたとしても、すぐに安心してほしいままな行動をしてはならない。深く慮り、先々まで戒め、いつもふさがりの時代がまたやってくることを恐れるべきであるとくり返し警告します。アメリカが経済制裁の手を緩めることはないようです。
 一方、金正恩委員長は、どのように動くでしょうか。易経は、山風蠱5爻とみています。卦辞は「蠱(こ)は、元(おお)いに亨(とお)る。大川(たいせん)を渉(わた)るに利あり。甲に先んずること三日、甲に後(おく)るること三日」。
 大いに通じる。大川を渡っても良い。そのためには、戦争をする三日前に用意をし、三日後には戦争が終結するように迅速に腐敗を取り除く。金正恩委員長は、大きなチャレンジをしてもよいといいます。只、用意周到でかつ迅速でなければなりません。
 爻辞は「父の蠱に幹たり。用(もっ)て誉(ほまれ)あり」。自分自身がすでに高い地位にいて、亡き父親の不始末の後を取り仕切る。結果として名誉が得られる、と述べています。
 卦辞、爻辞を見ると、金正恩委員長は、大きな可能性を有しています。但し、用意周到で迅速でなければならないと述べています。
 さらに、この君主(金正恩委員長)は、強気に出る賢人と対応し、これにすべて任せることができるが、自分自身は性格が陰気で柔弱である。もともと国家の創業や基礎を開くというような創造的な仕事ができるわけではない。父親の残した事業を受け継ぐことはできる。だから、君主ではあるが、父親の事業を受け継ぐという判断に止まる、と指摘しています。
 金正恩委員長は非核化の選択をすれば、ベトナムのような発展が実現できることを知っています。もし、トランプ大統領に非核化の意思を伝えれば、歴史に残る偉業を成し遂げることも知っています。しかし、父親の負の遺産、“核の宝剣”を絶対に手放すなという“亡霊”と闘わなければなりません。易経は、金正恩委員長は創造的な人間ではないので、金日成、金正日と続く、“遺言”を手放せる勇気はないようだと見抜いています。朝鮮半島の将来は、金正恩委員長が“亡霊”との闘いに勝てるかにかかっています。金正恩委員長の本当の敵はアメリカではないようです。
 時代に合わなくなった家訓を乗り越えることができずに、悩みを抱える経営者も、多いものです。米朝の展開から、経営者が学ぶところはたくさんあります。


 

代表取締役 松久久也