自分をつくる

 明けまして、おめでとうございます。21世紀の幕開けは昨日のことのようですが、すでに21世紀も20年目にはいりました。騒々しい国際情勢で、時代が進むにつれて人類が賢くなっているとはとても思えません。むしろ先祖返りしているありさまではないかと思います。
 日頃、企業の皆様の教育のお手伝いをしていますと、管理職の皆様から「自分をつくるにはどうすればいいか」という質問がよく出ます。とくにエンジニアリング系の企業からそのようなお話がよく出ます。ロバート・カッツの理論というものがあります。60年前にハーバード大学のロバート・カッツが提唱した経営理論です。仕事を遂行していくには、専門知識だけではうまくいかないという理論です。仕事をするということは、他人と一緒に行動を共にすることを意味します。他人が何を考え、どう感じているのかを知らなければ、仕事を円滑に進めることはできません。テクニカル・スキルに対して、人間を知る力をヒューマン・スキルといいます。カッツの理論によれば、新入社員であっても、テクニカル・スキルとヒューマン・スキルの比率は5対5です。若手社員だからといって人間に無関心ではいけないことになります。若手社員であっても、専門知識を学ぶだけではなく、人間についても学ばなければなりません。ところが、冒頭で触れましたように、人間について社内で教育を受けることが少ないため、管理職になっても部下という人間を管理することにストレスをためる人が多くなります。では、どうすれば、人間を知ることができるでしょうか。
 人類の長い歴史の中で、不思議な時期があります。紀元前5世紀です。人類は猿から進化したといわれていますが、長い時間を経て、突如として人間の精神に目覚めた時期がこのころです。哲学者カール・ヤスパースによれば、「この時代には、驚くべき事件が集中的に起こった。紀元前5世紀に、インドで釈迦が、中国で老子、孔子、墨子、荘子、孫子、ギリシャにおいてソクラテス、プラトン、ペリクレス、ヒポクラテス、ピタゴラス、アリストテレス等々偉人が同時多発的に誕生しています。中国、インド、西洋において、どれもが相互に知り合うこともなく、ほぼ同時的にこの数世紀のうちに発生した」。ヤスパースはこの時代を枢軸時代と名付けました。人類の歴史現象の始まりが7万年前といわれています。その長い歴史の中で、この100年間で偉人が出る確率は0.14%しかありません。神の配剤として猿人に人間の精神が吹き込まれたと思わざるを得ない現象です。西洋哲学はソクラテス、プラトンに、また東洋哲学では釈迦、孔子にその源流があるといわれます。つまり、人間として生きていく上での精神的骨格はほぼこの時期に完成されているのです。
 一方、科学の時代は17世紀、デカルトを起点としてはじまり、今日では科学万能の時代といわれるようになりました。その流れは今日にも引き継がれ、第四次産業革命に突入し、科学の進化は止まりません。人工知能が人間にとって代わり、人間の存在意義が問われているとさえいわれています。日常生活に目をやれば、科学がわれわれに与えている影響ははかりしれません。スマホやネット検索に人生の大半が奪われ、「人の一生とはネット検索であった」というおかしな時代になりつつあります。
 科学が進化しているにも関わらず、人間に対する理解は深まっていません。アレキシス・カレルはデカルトが物と心の二元論を展開し、人間の心を切り離したことに対して、次のように批判しています。
 「人間がすべての基準となるべきである。それなのに人間は、自分たちが創り出した世界で異邦人になっている。…われわれの知性と発明から生まれた環境が、われわれの身長にも姿形にも、寸分も合っていない。われわれは道徳的にも、精神的にも、退歩している。工業文明が発達した集団や国家こそが、まさに弱くなってきているのだ」。 「現在、われわれは、人間についての情報があまりに多すぎて、それをうまく使いこなせないでいる」。
                    (出典「人間この未知なるもの」アレキシス・カレル)

 科学万能の時代で、人間は自己を見失っています。人間が科学の影に隠れてしまっています。そうした人間の精神を取り戻そうとするときに、カギとなるのが紀元前5世紀です。
 紀元前5世紀の人間の精神の源流に遡って、今一度、人間のあるべき精神を見直すことで、第四次産業革命において、平衡感覚を取り戻すきっかけになると思います。「徳とは何か。善とは何か。正しいとは何か。正義とは何か。美とは何か。生きるとはどういうことか。死とは何か。魂とは何か。宇宙とは何か」といった人間が生きていく上での根源的な問いに対する答えがそこにちりばめられています。紀元前5世紀にできあがった知恵に解釈をつけているのがその後の人類の歴史です。仕事、経営、人生などで行き詰まったとき、枢軸時代の叡智に耳を傾けることはとても貴重なことだといえます。


代表取締役 松久 久也