名著『ストーリーとしての競争戦略』を読む

 イギリスのエリザベス女王・京セラの創業者の稲盛和夫氏・デザイナーの三宅一生氏など一世を風靡した各界の方々が逝去され時代の流れを感じる今日この頃ですが、経営環境を見渡してみると急激な円安、異常気象・ロシアのウクライナ侵攻による原材料高騰、優秀な人材確保など企業経営者にとっては苦悩の連続なのではないでしょうか。この苦境を脱する為の方策の参考書として楠木 建著の『ストーリーとしての競争戦略』を今回の題材とします。

 『ストーリーとしての競争戦略』は、2010(平成22)年、一橋ビジネススクール教授の楠木 建の著書で、発売されて10年以上経った今でも経営者やビジネスマンに読まれ続けています。

 本書では、戦略を構成する要素がかみあって全体としてゴールに向かって動いていく動画のように見えてくる。全体の動きと流れが生き生きと浮かび上がってくる。これが「ストーリーがある。」としています。そして、優れた戦略とは、誰かに話したくてたまらなくなるような面白いストーリーであることとしています。

 戦略ストーリーを語るということは、「こうしよう」という意志の表明で、ストーリーの共有は勝負を総力戦に持ち込む条件として肝要である。ストーリーを全員で共有していれば、全員が、自分の一挙手一投足が戦略の成否にどのように関わってくるか、一人ひとりが理解した上で日々の仕事に取り組める。即ち、戦略がどこか上層部だけに漂っている「お題目」ではなく、「自分の問題」となり、自分が確かにストーリーの登場人物の一人であることが分かれば、その気になり、会社全体が総力戦で戦うことができる。としています。

 経営者としての本質的な役割は、戦略をストーリーとして構想し、それを組織の人々に浸透させて共有する。戦略として大切なのは、「見える化」よりも「話せる化」で、戦略をストーリーとして物語ること。としています。

 この著書で、「競争戦略」とは、特定の業界、つまり競争の土俵が決まっていて、ある企業の特定の事業がその競争の土俵で他社とどのように向き合うかにかかわる戦略で、5年~10年の持続的な利益を出せるかを見るもの。と定義しています。

 『ストーリーとしての競争戦略』のなかの事例として、松井証券が挙げられています。松井証券は、小さな証券会社ですが、個人の株取引では大手企業をしのぐ存在になっています。松井証券が急成長したのは、従来の証券会社のやっていた「営業」から手を引き、インターネットの株式取引の仲介に特化したことです。ターゲットを法人顧客や、ごく普通の個人投資家ではなく、頻繁に株の売買を繰り返す株の知識が豊かである個人投資家にし、複雑な業務には手を出さず、株の売買仲介に集中していることと著しています。

 楠木教授は本書のなかで、日本を代表するある大企業での、事業戦略を検討するミーティングに招かれたときのことを挙げています。戦略を議論する場であるにも関わらず、多くの事業責任者が、戦略を語らず、“どの辺を目指していくのか” という目標設定の話に時間を費やし、目標設定が戦略を立てるという仕事にすり替わっていた。と述べ、バブル期には、戦略を突き詰めることなく目標がひとり歩きするケースが多かったと記しています。

 『ストーリーとしての競争戦略』は、500ページからなる読み応えのある本です。読む前は難しいそうな印象がありますが、事例、スポーツなどを絡めながら分かりやすく説明されているので、腰を落ち着けてじっくり時間をかけて読んでいただきたい名著です。

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加藤 博司