働き方改革と人手不足

 以前、イージス艦に同乗させてもらったことがあります。艦内には真っ暗なレーダー室があり、スタッフが24時間、というより86,400秒、レーダー画面を監視しているということでした。わずかな動きも見逃さない、強烈なストレスがかかる現場であることを実感しました。レーダーに映る物体の行方によって、歴史が変わります。ミサイル日本着弾までの時間は10分と言われます。10分という短い時間で、歴史が変わるという時代です。昨日までの平和と繁栄が、10分間で失われます。高度文明社会が、いかに脆弱な基盤の上に成り立っているかがわかります。戦端を開く国にとっては、戦争をはじめることは勇ましいことかもしれませんが、どんな「正義」があろうと、戦争とは国家をあげた人殺しです。ひとたび開戦すれば、阿鼻叫喚の地獄絵図が待っているのは、明らかです。指導者が、愚かな選択をしないことを願うばかりです。

 さて、緊迫した国際情勢をうつしだし、日経平均は、2万円を挟んで停滞したままです。しかし、経済実態(6月の各種経済指標)は悪くありません。6月の完全失業率は2.8%です。5%以上になりますと、社会が動揺してくるのですが、2.8%は「絶好調」です。正社員有効求人倍率は、1.01倍という高い倍率です。パートタイムを含む有効求人倍率にいたっては1.51倍と、1974年2月以来、43年4ヶ月ぶりの高い水準です。バブル期よりも高いのです。長年の課題、物価もゆっくりではありますが、生鮮食品を除く総合物価指数で6月は対前年比0.4%となりました。徐々に消費が強くなってきています。総合的に、よいのです。

 しかし、喜んでばかりいられないことがあります。企業経営者にとっては、頭の痛い問題があります。人手が足りないのです。しかも、一過性の問題ではなく、構造的に人手が足りなくなってきたことです。宿泊、飲食、製造業、建設、医療、福祉、サービスの人材は逼迫しています。誰もが知る、ある企業の経営者から、ご相談がありました。まったく人が集まらないので、働き手として留学生の方たちにきてもらえないだろうか、というご相談でした。結果的に、留学生の道もうまくいきませんでした。結局、その企業は、近隣で5店舗以上を閉鎖することになりました。この現象で特徴的なことは、業績がよかったにもかかわらず、閉店せざるを得なかったことです。しかも、多店舗の閉鎖に踏み切らざるをえなかったのです。

 購買人数が減少し、業績不振で事業を縮小するのではなく、人手不足による供給不足で、事業を縮小するという構図です。いよいよ、という感じです。生産年齢人口(15歳~64歳)のピークは、1995年で、8,716万人でした。2016年時点で1,000万人以上減ってしまいました。団塊の世代が定年を迎えるあたりから急速に減少しているのです。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば2030年には、さらに1,000万人減少し、6,700万人ほどになると予測されています。日本は、消費市場が小さくなるだけではなく、供給力である企業数もどんどん少なくなっていくのです。需給の長い調整過程に入って、経済が縮小していく時代を迎えたわけです。

 経営者諸氏は、どのように取り組んでいけばよいのでしょうか。容易に想像されるのは、人々は仕事を選ぶということです。つまり、労働市場では、売り手市場が常態化することになります。人手そのものが希少資源になります。希少資源ですから、使い捨てという発想は通用しなくなります。一人一人を丹念に磨き上げなければなりません。仕事が厳しく、毎日が作業に追われているだけの企業には、人は魅力を感じなくなります。忙しい毎日が、長い人生にとってどのような意味を持つのか。単に、食べるためだけに、一生を仕事に捧げるという思考がなくなっていくものと思われます。仕事をすることに、喜びを見出し、一歩一歩、人生を積み上げていく、こうした実感を、社員は求めるようになります。社員が自分の成長を実感できる。実は、江戸時代から日本には、仕事を通じて、人間的に成長してくという考えがありました。「人、三刻働きて三石の米を得る。われ、四刻働きて三石と一升を得。なんとすばらしき」今後、仕事の成果だけではなく、仕事そのものが人格修行につながり、尊いという石田梅岩流の考え方が見直されていくものと思われます。

 人を本当に大事にする企業とは何かを考えていかなければなりません。売上、利益の為だけにしのぎをけずり、社員が消耗していくという企業は、少なくなっていくのではないでしょうか。企業に愛着を持ち、「この企業で人生を送ることができて、本当によかった」という企業をどのようにつくりあげていくかが、経営者に求められます。

  1. 仕事を通じて、人間的に成長できる教育環境が整っている。
  2. 絶えず労働生産性を追求し、比較的短い労働時間を実現している。
  3. 経営者、社員が一体となって、助け合う。
  4. 仕事と同様に、家族を大切にする。

 こんな企業が人口減少社会に生き残る企業と言えます。働き方改革とは、単に、残業時間を減らすということではなく、今後、何十年にわたり、日本が労働需給の長い調整過程に入っていくときに、労働観、経営観をどのようにつくりかえていくのかというのが本質です。

代表取締役 松久 久也