易経に読み解くビジネス(6) ゴーン・ショック

 平成最後の年が終わろうとしています。皆さんにとって、平成とはどのような時代だったでしょうか。
 さて、易経に読み解くビジネスも六回目となりました。あらためて易経について触れておきたいと思います。易経は占いではないということです。災いが降りかからないように、また、幸運をつかむために易で占うという理解は間違っています。易経に関心を持たれた方であれば、おわかりになるかと思いますが、易経では、「~すれば吉、~すれば凶。~すれば咎(とが)なし」という表現が多く出てきます。「~すれば、吉」は、「運がいい」という意味ではありません。「正しく生きれば、良いことがある」という意味です。易経には、正しい生き方をしなければ、人間として成り立たないという思想が底辺に流れています。生きる上で、私たちは、片時も、正しく生きているかを忘れてはならないと説きます。
 何が正しくて、何が正しくないかは、決められるものではない。時代や国によって変わる相対的なものであるという考え方があります。しかし、易経では、どんなに時代が変わろうと、国が変わろうと、正しさは必ず存在すると説きます。これは宇宙の摂理であると考えます。時代が変わって、昔、正しくないと言われていたものが、いまは、そうでもないということが起こります。しかし、易経では、時代は正しくない選択をしているといいます。
 今年を締めくくる良い例があります。ゴーン・ショックです。易経では、このゴーン・ショックをどうとらえるでしょうか。易経が下す基準は、“動機の正しさ”です。動機が正しければ吉、そうでなければ凶となります。
 ゴーン前会長を易経で分析するとどうなるでしょう。火風鼎の4爻になるかと思います。火風鼎の鼎とは、三本足の容器のことです。三者鼎立という言葉がありますが、ひとつのものを三人で支え合って、一人ではできないものを三人ならば成就するという卦です。この三本足が、日産、ルノー、三菱です。卦辞は「鼎。元吉。亨。(ていはげんきつ、とおる。)」です。三本足はどっしりし、三社が協力すれば、大いに発展すると洞察しています。しかし、三社連合で築いてきた安定が、変質すると、4爻となります。「鼎折足。覆公餗。其形渥。凶。(ていあしをおる。こうのそくをくつがえす。そのかたちあくたり。きょう。)」となります。公の宴席で三本足の鼎の足が折れて中身の料理が飛び出て大失態となります。「渥」は重刑のことを指します。つまり、鼎の足が折れて、公のご馳走がひっくり返ってしまい、重刑に処せられるといいます。基礎がひ弱なため重荷に耐えきれず、ひっくり返ってしまいます。右腕とする部下が非弱なために、大失態となると示唆します。
 ゴーン前会長は、日産にとっては救世主だったわけですが、部下を見誤ったために、“重刑”に処せられたことになります。三本足がしっかりしていたならば、部下が重圧を感じることはなく、今回のような事件を引き起こすことはなかっただろうといいます。易経の論理からすると、その三本足が折れたのは、フランスのマクロン大統領から、2022年2月までのルノーCEO続投条件として三社連合を“不可逆的構造”にするという条件をゴーン前会長がのんだことで、ゴーン・ショックの引き金となったと帰結しているようです。これはゴーン前会長の動機が、それまでの三社連合を強固なものにするという“正しい心”から、自分の権力を維持するという“利己的な動機”に変質した瞬間に事態が傾いたと易経は読み解いています。いかに名経営者といえども、一瞬の利己的な誘惑で事態が一変する怖さを物語っています。
 では、西川社長は“正しい判断”をしたのでしょうか。紙幅の都合で詳細を省きますが、ここで易経の帰結だけ触れておきます。山地剥・初爻になると思います。卦辞は、「剥。不利有攸往。(はくは、ゆくところあるに、よろしからず。)」爻辞は「剥牀以足。蔑貞凶。(しょうをおとすにあしをもってす。ていをほろぼせばきょう。)」山崩れを起こして下まで落ちていきます。ゴーン前会長を追放しようとした結果、自らも落ちていくことになります。能力の高い経営者が陥りやすい高慢さの罠にかかると洞察します。
 ゴーン前会長も、西川社長も結局は、利己的な“正しくない動機”で、ともに山から落ちていかざるを得ないということを易経は教えています。

 代表取締役 松久 久也