易経に読み解くビジネス(4) 第四次産業革命と企業の提携

 先日ある報道がなされました。「トヨタ自動車とソフトバンクグループが次世代の移動サービス分野で提携した」(出所:日経新聞2018年10月5日)。いよいよ、第四次産業革命がその姿を明らかにしつつあるのではないでしょうか。人工知能によって今までの社会、産業構造が根本から、作り変えられます。
 ジェレミー・リフキンの「限界費用ゼロ社会」という本をご存知でしょうか。今後の社会を展望するうえで、洞察に富んでいます。自動車産業に携わる方々にとっては、なんとも“不都合な”内容です。「アメリカでは、自動車は使用されていない時間が平均92%にものぼり、きわめて効率が悪い固定資産になっている。18歳から24歳の若者に関する調査では、回答者の46%が車の所有よりもインターネットのアクセスを選ぶ。ミレニアル世代では、カーシェアリングは人気を博し、リフキンは、うまく調整して自動車シェアすれば、個人所有の車よりも8割程度少ない台数で、同じレベルの移動が実現できる」といいます。リフキンによれば、今後、劇的に自動車の生産台数が減少することになります。自動運転が普及していけば、いつでもどこでも移動手段が確保できることを考えると、リフキンの予測も無視できません。また、自動運転が普及していけば、車の高い性能は重要ではなくなり、車は、人を単に目的地に正確に届ける安全な箱になります。豊田社長は、この悪夢ともいうべき未来に、夜も眠れない日々が続いているのではと推察いたします。
 さて易経でこの提携を考えてみましょう。私はこの提携は雷地予2爻に当たると考えています。先月と同じ卦辞、爻辞です。「豫は、侯(きみ)を建(た)て師(いくさ)を行(や)るに利(り)あり」。備えに入ったという意味です。時勢に順応し、人情に順応し、当然の理法に順って行動しているという意味です。当然の理法に順って行動していますので、順調に進みます。爻辞(詳細な意味)は、「介于石。不終日。貞吉(いしにかいす。ひををへず。ていきつ。)」 ただ、期待は溺れやすいものであり、期待過剰になることでかえって楽しみが憂いとなるという意味があります。これは、どういうことでしょうか。掘り下げてみる必要がありそうです。
 思いつくのは、両社の文化の違いです。こよなく自動車を愛する豊田章男社長とは、あまりに文化が異なります。孫社長は、大実業家のように見えますが、自ら仕立てた事業の収益で大きくしてきたというより、投資で成長してきた、つまり、投資先の含み益で事業を拡大してきました。投資家という姿が実態ではないでしょうか。豊田章男社長に立ちはだかったのは、ソフトバンクの投資先、Uber、DiDi、Grab、OLAなどライドシェア企業群の実質筆頭株主であるということです。本来、トヨタは自前主義を貫いてきました。新会社の出資比率49%という譲歩した数字に苦悩が見て取れます。
 実業家と投資家、この提携を易経でみましょう。私は、地火明夷の2爻と判断します。爻辞は、「明夷(めいやぶ)る。左股(さこ)を夷(やぶ)る。用(も)って拯(すく)ふに馬壮(うまさかん)なれば吉(きつ)」。これは人から傷つけ害われることを免れないという意味です。ただ、はなはだしい傷ではありません。もし速やかにこれを救うに、壮健なる馬をもってし、強い馬に乗っていくときは、禍を免れて吉を得られます。
 古来、周の文王の例があります。文王は、従順中正の徳をもって殷の紂王につかえ、天下を三分してその二をたもつと言われるほどに、周の勢力は天下に行きわたっていたにもかかわらず、なお殷に服従して紂王につかえていました。しかし、ある日、紂王の怒りに触れて、羑里(ゆうり)に囚われました。このとき文王に賢明なる臣下があって、そのために禍を免れたとあります。文王が従順にして中正なる大徳を持っておられたからとあります。
 恐らく提携が進み、協議が深まるにつれて両社の文化相違が抜き差しならないこととなります。しかし、賢明なる側近の意見を受け入れ、傷が浅くして免れることを暗示しています。自動運転時代に向かって大きく舵を切ることは、大局的には正しい判断です。しかし、協同作業において、大きな文化相違が壁となり、実務に当たった部下の進言を聞き入れ、豊田社長は提携相手の変更に舵を切ることになるのではないでしょうか。易経は、深い傷を負うことなく、正しい道に戻ることができると述べています。


 代表取締役 松久 久也