人材の地方拡散が日本を変える
開催可否判断の基準を示さないことで首相は支持率を落としています。首相は何を考えているでしょうか。これまでの言動からワクチンの普及が進めば、開催にこぎつけられると思っているようです。つまり、ワクチン普及率がオリンピック開催可否判断基準となっていると推察します。諮問委員会の基準ではありませんので、尾身会長が煙たい存在になっているのでしょう。
信念には必ず動機があります。首相にとってはワクチン普及です。国民はオリンピック中止を願っているわけではありません。不安なのです。どのような場合、開催できるのかを知りたいのです。「国民の皆さんと力を合わせてオリンピックができる環境に全力を注ぎましょう。力を合わせてワクチンを進めましょう。間に合わなければ中止にしましょう」となぜいえないのでしょうか。信念をうまく言葉に乗せるのが政治家の仕事です。言葉一つで国民は一丸となります。しかし首相は言葉を発するのが苦手のようです。役人言葉で心が国民に届かないのです。どうも参謀人材なのでリーダーとしては弱いかもしれません。
今次オリンピックは国民のエネルギーの一致を見ない珍しい大会になることでしょう。小さな数多くのトラブルも多発することでしょう。首相、JOCにも大きな責任があります。しかし、このような事態に陥ったのは、サラマンチ以来、崇高なオリンピックを金儲けの世界に変えたIOCの大罪と言えるのは明らかです。金が出せない都市には開催させないという傲岸不遜なオリンピックは東京大会が終わってから、本当の議論がはじまるのではないでしょうか。
さて、オリンピック、ワクチン、デジタル化、産業ビジョンどれをとっても右往左往するだけで、東京の発信力に説得力がなくなってきました。先日ある会議で、元銀行経営者がこんなことを述べておられました。「NYと東京を比較すると東京は何の価値創造もできていない。東京はもう推進力がないのではないか」と。下のグラフは、NYと東京の証券市場の指標を比較したグラフです。
日本の体たらくは一目瞭然です。バブル崩壊後の1990年(正確には1991年)を100としたとき、証券指数はNYで919、東京で90です。30年を経過した現在、実に価値創造において10倍の開きとなりました。東京がけん引してきた日本経済の産業構造は相も変わらずで、新産業創造とは程遠い存在に霞んでしまいました。想像力、開発力、研究力、活力などどれをとっても世界から遅れをとってしまいました。いまでこそ、周りの人たちにワクチンを接種した人が増えてきましたが、先々月時点で、私がオンラインでレクチャーしているASEANのあるメーカーの役員、幹部20名の全員がワクチン接種済みで、大変恥ずかしい思いをしました。
恐らく東京の優秀な人材も、既得権と権力闘争に埋もれて能力を発揮できない人たちであふれているのではないでしょうか。時代の進化に合わせて、自らの考え方、生き方を変えられない人ばかりです。大きな組織ほどそうした病理を抱えているのではないでしょうか。変化に対応するアメリカ社会、十年一日のごとくやり方を変えたがらない日本との格差は手に負えないところまできています。
リモートでどんどん優秀な人間が脱東京を起こすのではないでしょうか。もはや東京は人材を活かすことのできない都市になったのです。大学も東京の大学ではなく地方の大学が脚光を浴びる時代です。コロナの影響を受けているからだけではありません。もはや人材育成能力も落ちてきたのは明らかです。
リモートで、知識、創造力といった能力が物理的な特定の場所に偏在する時代が終わったのです。私はいつも「悪い出来事の良い面を見出す」ということの大切さをお話していますが、コロナ禍によって知識の偏在が正されたのです。どこにいても、知恵のある人たちがつながることができる。それもリモートという手段で、あっという間に、国境を越えてつながる。この現象は革命的な出来事なのです。未来を見つめる人たちが、つながって対話する。地域を越えて、国境を越えて、人種を越えて対話する。この対話イノベーションによって、世界は変わっていきます。これまでいかに未来を洞察している人がいても、企業における職位、立場、組織構造によってその人々は能力を発揮することができませんでした。いまや、その壁が消えてなくなりました。
能力を発揮するシーンがリモートで出来上がったのです。地方の活力のなさは、人材の不足に原因があります。東京や海外から先見の明ある人が村に引っ越しをしてきただけで、村が一変することがあります。そうした流れが今や、リモートという姿であらゆる地域の人々に知的資源が還流する時代になったのです。企業の停滞、地域の停滞は人材の停滞です。いま、私たちは人材誘致のあり方を変えるべきです。「ぜひ、田舎に移り住んでわが町を変えて下さい。待遇条件は〇〇です。ぜひわが町に」、という硬直的な思考を捨てた方がよいでしょう。
リモート大使を、リモート役員、リモート社員をいかに抱えるかという時代に入ったと思います。1週間に30分でもよいのです。未来をつくる力のある人と対話の機会を確保すればよいのです。わが町には能力も財力もないと首長がなげく地方が多いものです。コロナ禍によってリモートという手段を手にした今日、知的資源とつながることで、企業、日本は変っていけると思います。
代表取締役 松久 久也