柳井さん、永守さん、孫さんが「困っている」
日本ではサラリーマン経営者が大多数で、創業者が極めて少なくなったことが日本企業の衰退の一因といわれることがよくあります。創業者はその生き方、精神性において、サラリーマン経営者とは全く異なり、創業者からサラリーマン出身の経営者への引継ぎが難しいものです。日本電産の永守さん、ユニクロの柳井さん、ソフトバンクの孫さんなどの創業者は後継者に期待するイメージが合わず、現役返り咲きという苦労を重ねています。
創業者といわれる人は努力家であり、研究熱心で、経営哲学を持っています。松下幸之助、永守、柳井、ソニーの井深、盛田、ホンダの本田宗一郎などはみなそうした努力の上に築いた人たちです。
しかし、人一倍の努力、研究を重ね、経営哲学をもった方は、世間には数多います。そうした中で、なぜ彼らだけが成功したのでしょうか。孫子の兵法始計篇に「孫子いわく、これをはかるに、五事をもってし、これをくらぶるに計をもってして、その情をもとむ。一に曰く、道、二に曰く、天、三に曰く、地、四に曰く、将、五に曰く、法なり。」とあります。
まず、道。道とは、道理に基づいた生き方をしているかが大事だといいます。道から外れていれば、まず勝ち目はありません。次に、天。天とは時間的条件、すなわちタイミングです。巡り合わせがあるかどうかです。三番目は地です。地の利があるかどうかです。自分の得意なフィールドであるかどうかです。四番目は、将です。経営者が大将の器にふさわしく、信義、仁愛、勇気、威厳などを備えているかどうかです。こうした徳に欠ける面があればうまく戦えません。最後に、法です。会社に規律があるかどうかです。
さて、この中で地、将、法は経営者にとって必要条件です。これを満たす人が、経営者に就いているといってもよいかもしれません。しかしこれがあるからといって成功するとは限りません。では、何が結果を左右するのでしょうか。私は、天だと考えています。いわゆる世の中との巡り合わせがあるかどうかです。どんなに地、将、法が優れていても、天、巡り合わせがなければ、うまくいかないのです。柳井さんは失敗が10回のうち9回で、本田さんも次のようにいっています。「私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。99%は失敗の連続であった。そして、その実を結んだ1%の成功が現在の私である。私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。私の仕事は失敗の連続であった」。柳井さんも本田さんも人の何倍も努力したにもかかわらず、うまくいかなかったときが多いのです。
これに対して、対照的な人物に楽天の三木谷さんがいます。ネット通販を手掛けて大成功を収めましたが、当時、三木谷さんの発想はありふれたもので、そうした考えを持つ人は山ほどいました。また三木谷さんより早く手掛けた人もたくさんいました。また、技術力は飛びぬけていたのかといえば、普通でした。むしろ技術的な課題が多くありました。当時私たちはレベルの低さに驚いたものです。では、数多競争相手がいる中で、なぜ三木谷さんだけが、成功を手にしたのでしょうか。それは天の時、ネット通販という認識が世の中に生まれたタイミングとピッタリと合致したからだと考えています。早くても遅くてもうまくいかなかったのです。この巡り合わせは、経営者の想いと世の中の方向がピッタリと合う瞬間を指しますが、時間の流れの中で極めて確率の低いものなのです。努力とは異なる人知ではどうしようもない要素が存在するということです。
そして一時、成功したとしてもその成功が持続するかどうかはわかりません。最後に重要な条件として経営者の考えが道に沿っているかどうかです。すなわち、この世の中で道理があるかどうかが問われます。例えば、先日亡くなられた稲盛さんは世のため人のためになる正しい道を歩むことが大切だという信念を持ち続けました。これは人の世の道理で、力強いものがあります。それに対して、勝ち負けにこだわり続ける経営哲学は、利己的な道であり、普遍的な人の道とはいいがたいところがあります。これは持続できません。柳井さん、永守さん、孫さんは大成功を収めた人ですが、この道に課題があるかもしれません。
世間に強烈な個性を真似ることのできる人物はほとんどいません。これに対して、世のため人のために、正しい道を歩む能力を磨きなさいという教えを受けた人物は、真似ることができます。さらに応用が利くものです。創業者の成功とは、天の時に恵まれた人であり、その天の時の運を後継者に引き継ぐことはできないのです。つまり、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」(出典 甲子夜話 平戸藩主 松浦静山)といわれるように成功は経営者が思ったとおりに推移した出来事ではなく、人知とは違う要素が左右した結果論であることが多いのです。
したがって、後継者に教えられるところは、稲盛さんがいうように、道を外さず、天の時を理解する力をつけさせるところしかないのです。道と天という人間社会の深い叡智を体得すれば、どんな時代になっても困難を乗り越える力を発揮していく後継者に育つのだと思うのです。
代表取締役 松久 久也