中部経済新聞に掲載されました
経営者のためのコミュニケーション心理学 第8回
先日、縁があり寺院にて茶道や写経を体験する機会をいただきました。そのとき印象に残ったのは、「心が鎮まる」という感覚です。
また、このような非日常の機会以外でも、「電車内で本を夢中になって読んでいて、乗り過ごしてしまった」「スポーツやゲームに夢中で、気がついたら日が暮れていた」といった、体験が誰にでもあるのではないでしょうか。
何かの活動に集中して時間が経つのを忘れるほどのめり込んでいる状態のことを、米国の著名な心理学者であるチクセントミハイは「フロー」と言っています。この状態になると、生産性が高くなり、幸せを感じたり、驚くほど短時間に物事が上達したりします。ビジネスシーンに当てはめれば、一人ひとりが充実感や幸福感を抱きながら仕事に取り組み、高い成果をあげながら成長している状態だと言えます。フローは仕事において生じやすいもので、組織の活性化に非常に有効な理論であることもわかっています。
それでは、どのようにすればこの状態を引き起こすことができるのでしょうか?
博士は以下の6つの条件を挙げています。
① 明確なゴールや目標の存在
② その目標は能力に比べて適度なチャレンジが必要であること
③ 目標達成に本質的な価値や意味があること
④ 状況を自分たちでコントロールできること
⑤ 自分たちの本来持っている強みを活かすことができること
⑥ フィードバックができること―。
フローを起こすには、ゴールに向かうチャレンジが重要です。いつもぬるま湯に浸かっているような状態ではフローは起こりません。逆に、自分の能力よりも高すぎる場合も心理的にプラスに働かないことも分かっています。つまり、フローが起こりやすいのは、持っている能力よりも少し高いレベルにチャレンジする時です。しかも、自分の得意な能力、いわば強みを活かす時、人は工夫し知恵を絞ることで成長していきます。
冒頭に述べた日本文化体験について、チクセントミハイ博士はフローを引き起こすためにとても重要なものあると述べ、茶道や弓道、禅などの重要性を伝えています。「無心」「無我」の境を目指す日本の伝統文化は、実在に細心の注意を向けつつ、美しい周囲の環境と一体化をしていくというチャレンジの積み重ねであり、適切な修練の場であると言えます。
生産性が高く、一人ひとりが生き生きと働く環境をつくっていくため、今一度日本の伝統文化に触れ、フロー体験との関係性を体感してみてはいかがでしょうか。
加藤 滋樹