易経に読み解くビジネス 最終回

 この1年、世界最高峰の哲学と言われる易経について、触れてきました。易経をご紹介したのは、「人の世を占う」という目的ではありません。経営者が、問題を抱えたとき、叡智が満載されている易経は大きなヒントになるからです。どれほど優れた技術、製品をもっていたとしても、人間を正しく理解できていなければ、会社はうまくいきません。
 易経は、社会の事象はどのように動くのか、その可能性を三百八十四パターンに分けて、人間の行動を分析したものです。人の悩みは、人の数だけあり、時間、場所を考えるとそのバリエーションは無限にあり、到底、人の理解の及ぶところではないという先入観があります。しかし、易経は、違うと言います。出来事には必ずパターンがあり、人間はそのパターンに従って行動し、過ちを犯すといいます。出来事という現象は、一見、複雑に見えますが、その出来事をもたらす人間の動機は、それほど多くはありません。大雑把に言えば、六十四種類だといいます。つまり、みんな同じように失敗し、みんな同じように成功するのです。
 日産自動車の西川広人社長兼最高経営責任者(CEO)が9月16日付で辞任することになりました。事実上の解任です。この“解任”について、西川氏はこう述べました。「日産の業績回復やガバナンスの改善など全てが終わってから辞めるつもりだった。今日辞めろと言われるとは思っていなかった」。何とも未練がましいコメントです。
 西川社長については、昨年の12月に「易経に読み解くビジネス(6) ゴーン・ショック」で触れました。西川社長の動静について、易経に照らしてみると、山地剥・初爻でした。卦辞は、「剥。不利有攸往。(はくは、ゆくところあるに、よろしからず。)」爻辞は「剥牀以足。蔑貞凶。(しょうをおとすにあしをもってす。ていをほろぼせばきょう。)」。山崩れを起こして、下まで落ちる。ゴーン前会長を追放しようとした結果、自らも落ちていく。自らも高慢さの罠にかかると洞察していました。ゴーン前会長も、西川社長も結局は、利己的な“正しくない動機”で、ともに山から落ちていかざるを得ないということを易経は示していました。
 権力を持つと、人間は知らず知らずのうちに変わります。
「権力意識は、利己主義を強め、不義を犯す可能性を高めるとの調査報告も数多くある。たんに嘘をつく回数が増えるだけでなく、嘘が上手になっていく。自分がナンバーワンだという意識を持つと、誰かを傷つけても平気になっていき、小さな嘘をついても露ほどもストレスを感じなくなるのだ」(エリック・バーガー)
 西川社長も、そのような人だったのだろうと思います。
 易経を貫く思想は、「正しい道」に尽きます。逆に言うと、いかに我々は日々の判断の中で、ものごとの正しい側面から目をそらして生きているかということです。それを人間は、もみ消し、言い訳や屁理屈で片付けようとするのです。しかし、心の底では、分かっているのです。私たちは、何が正しくて、何が間違っているかを判別できる能力を身につけているのです。時代によって何が正しいかは変わるものだと考える人がいますが、そのような人は、自分の理屈で、片付けようとする人です。時代によって、人として生きるべき正しい道が変わるなどということはないのです。時代が変わり、正しいことが、正しく見えなくなることは、知識を整理し直さないからです。先月もある大学教授からお聞きしましたが、研究の最前線では、学生が先生を訴えることが多発し、研究が成り立たないという状況だそうです。いまはこういう時代だから、学生に迎合することが「正しい」ように思う人がたくさんいます。しかし、心の底からそれを本当に正しいと思っている人はほとんどいないはずです。なぜならば、教える側を訴えるなどという不遜な態度で、正しく学ぶことができるとは到底思えないからです。
 易経で、最も戒めるのが不遜な態度です。「天道は盈(えい)を虧(か)きて謙に益す」(地山謙)。易経は謙虚、謙譲、謙遜の精神を最高の徳とします。低く謙る(へりくだる)ものこそが、最も高みに至るのです。
「地中に山あるは謙なり」(地山謙)。物事を学べば学ぶほど自分の学びが足りないと思い知らされる。すると恥ずかしくて自慢などできない。もっと勉強しなければならない。このように快く謙るのが真の謙虚さである。
 これで「易経に読み解くビジネス」を終えたいと思います。


代表取締役 松久 久也