中部経済新聞に掲載されました
経営者のためのコミュニケーション心理学 第7回
私たちの経験や経歴、いわゆるキャリアのうち何割くらいが運で決まるのでしょうか?
この疑問に一つの答えを出したのが、スタンフォード大学の心理学者ジョン・クランボルツ博士です。彼は財産や名声を手にした人たちを対象に、その成功の秘訣やキャリアを細かく分析しました。そして、彼らのうち実に8割が「現在の自分のキャリアは予期せぬ偶然によるところが大きい」ことを見出しました。そして、これらの研究データに基づいた成果を1999年にプランド・ハプンスタンス理論(日本語訳「計画的偶発性理論」)として発表しました。
この理論の骨子は以下の3点です。
(1)個人のキャリアの8割は、予期しない偶然の出来事によって形成される(2)その偶然の出来事は、主体性や努力によってキャリアを歩む力に発展させることが可能である(3)偶然の出来事は、ただ待っていてはいけない。意図的にそれらを生み出すことができるよう、積極的に行動し、自分の周りに起きていることに心を澄ますことで、自らのキャリアを創造する機会を増やすことができる。
米国においてこの理論が注目を集めたのには、当時の労働環境が大きく影響しています。クランボルツ教授が行った調査では、一般的労働者のうち18歳の時になりたいと考えていた職業に実際に就いている人の割合はたったの2%でした。この結果は、当時の米国で主流だった、「キャリアは自分自身で設計し、それにあわせて意図的に職歴を築き上げていく」という考え方の限界を示しています。
わが国では、高度成長期には個人のキャリアにおいても十分に先を見通すことができたため、綿密にキャリアプランを設計してそれに合わせて経験や知識、スキルを身に付けていくというアプローチが有効でした。しかし、現代の日本ではビジネス環境の変化も激しく、個人も企業も試行錯誤の連続のため、プランド・ハプンスタンス理論に共感が集まっているのではないでしょうか。
最後に、博士はこの理論を生かしていくために、五つの考え方を重要視しています。好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心です。このように、私たちは自身の目指すおおまかな方向性を決め、前向きにオープンマインドの姿勢を保ち続けることができれば、自然と「出来事」や「出会い」に遭遇します。そして、それを受け入れる素直な心持ちを大切にしていくことができるならば、自らの生き方の羅針盤を良い方向へ導いていくことができるのではないでしょうか。
加藤 滋樹