「日本はそもそも国力の維持すら諦めているように見えます」
インフレに苦しみ、物価鎮静化に向け利上げに踏み切らざるを得なかった世界各国です。これに対して、インフレに苦しみながら利上げに踏み切れない日本があります。これは日本が置かれた象徴的な光景です。長年デフレに苦しめられてきた日本は、物価上昇を努力目標としてきたにもかかわらず、物価は上がりませんでした。ところが、コロナ禍のサプライチェーンの寸断、ウクライナ紛争によるエネルギー不足で突然、物価が上がりはじめました。日銀の想像をはるかに超える急激な変化です。しかし円安になって諸物価が上って庶民の暮らしに打撃が出ても日銀は動きません。冷静な判断をしたうえで動いていないように見えますが、実のところ逆ではないかと推察します。アベノミックスで安倍元総理と黒田日銀総裁は、停滞の原因は円高にあると円安政策を柱にしました。円安効果で企業を立て直し、賃金を上げる。こうした古典的なセオリーを目指し、株式も上昇しました。ところが、コロナ禍とウクライナ紛争により思わぬ形で、急激な円安に振れてしまいました。日銀は物価上昇を目標にしました。一方、物価を抑える利上げに動かなければならない。これは自己矛盾です。国債および地方債で1200兆円ともいわれる膨大な債務を少しでも減らし日本経済を立て直すために、物価上昇、円安誘導を目指しました。しかし世界の現実は、急激な物価上昇で世界各国が利上げに踏み切っています。利上げに踏み切らなければ暴動が起きます。しかし、どうでしょう、わが国は膨大な債務のために、世界のどの国も踏み切る利上げという金融政策を使うことができず、茫然と立ち尽くしています。急激な円安で国民生活に多大な影響がでているのに動けない。これが日銀の真相ではないかと思うのです。
国家運営の基本的な柱は財政政策と金融政策の2つしかありません。利上げという金融政策を使えず、残された道は財政政策しかありませんが、破綻寸前の財政状況であるにも関わらず、モルヒネのように財政に頼らざるを得なくなってしまった日本は、世界の経済運営の中で、唯一、舵を失った国になってしまったようです。黒田日銀総裁の孤立感は言葉では言い表わせないものといえます。
歴史人口学者のエマニュエル・トッドが、以下のようなことを述べています。「少子化対策にも移民受け入れにも本格的に取り組んでいない日本が、対外膨張的な政策を展開することはあり得ないでしょう。私の目には、日本はそもそも国力の維持すら諦めているように見えます。」(出典 「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」文藝春秋)。このまま坂道を転がりつづけるだろうと思うのは筆者だけではないと思います。そんなことを考えていたら、今度は野口悠紀雄氏の記事が目に入ってきました。「日本、ついにアジアで最も「豊かな国」の座を台湾に譲り渡す」
代表取締役 松久 久也