中部経済新聞に掲載されました
着眼大局 着手小局 経営に求められる人間力 第10回
先日、ある著名な方にお会いしました。いただいた名刺には、お名前とそのローマ字読みしか書かれていませんでした。このとき、私は大きな衝撃をうけるとともに、反省をしました。私たちは立場が上になればなるほど、また自分の役割を得ていけばいくほど、そのことを名刺に記してしまいがちです。意識せずとも自分を対外的に誇りたいと思いがちです。まさに人間の性ともいえるものです。しかし、その方からは地位や役職といったすべてを脱ぎすてて、一人の人間として生きていることが伺えるのでした。
「自分が認められたい」と思うのはなぜでしょうか。私たちには、他人と比較して自分が頑張っているということを世の中の人たちに知ってもらいたい、という根源的な欲求があります。これに対して、人間教育研究者の小田全宏氏は「他人との競争から絶対的におりる」という大きな示唆をしています。これは、決して自分の人生を怠けたり、変にへりくだって誰かの下敷きの人生を生きたりすることでもありません。そうではなく、私たちの人生の価値観を、「他人との競争に絶対に勝つ」という無益な意識と時間の消費から開放したときに、本当の自分の力が出て来るのではないでしょうか。
「競争する」と決めてしまった人生は、最後の最後には必ず誰かに負けてしまう人生を歩むことになります。私自身としても、「他人との競争から絶対的におりる」と決めてから、それまで気になっていた他の人たちとの比較や、それに対する自分へのいらだちが次第に消えていき、他人の喜びを本当に自分の喜びとしてとらえることができるようになりました。
ところが、以上のことは理屈では分かっていても、現実に自分の考え方や行動に落とし込んで、瞬時に「他人との競争に陥ってはいけない」と考えることは難しいものです。物事が起きたその時々に、的確な判断が全てできるとは限りません。私自身も、日々、「ああすればよかった、こうすればよかった」という反省の連続です。それでも、前回の拙稿にも記したように、言葉を残していくということは、長い目で見ると、必ず自らの成長に役立っていくものと信じています。思ったこと、心に引っかかったことをそのままやり過ごしてしまう人生とは大きく違ってきます。
他人との競争から絶対的におりる。瞬間的に意識することは難しくとも、日々の考えを振り返り、それを積み重ねていく中で、習慣化をしていきたいものです。
加藤 滋樹