中部経済新聞に掲載されました
着眼大局 着手小局 経営に求められる人間力 第13回

【着眼大局 着手小局】経営に求められる人間力
第13回
「一隅を照らす」ということ
小さな事柄の積み重ねが大切

 「一隅を照らす、此れ則ち国宝なり」。
 この言葉は天台宗の開祖である最澄が記した『山家学生式』の序文に記されています。現代では、「自らがおかれた立場や今いる場所において、精一杯努力し光り輝く人は、何よりも代えがたく貴い、まさに国の宝である」と理解されています。山家学生式は、最澄が天台宗を開くに当たり、「人々を幸せへ導くために、一隅を照らす人物を養成したい」という熱き想いを著述され、幾多の困難を乗り越えて嵯峨天皇に提出されたものと伝わっています。
 陽明学者の安岡正篤氏は、最澄の生き方や教えに感銘を受け、「賢は賢なりに、愚は愚なりに、一つのことを何十年と継続していけば、必ずものになるものだ。別に偉い人になる必要はないではないが、社会のどこにいても、その立場においてなくてはならぬ人になる。その仕事を通じて世のため人のために貢献する。そういう生き方を考えなければならない」という有名な見解を述べています。
 しかし、私たちは、「部下が悪い、上司が悪い」、「政治が悪い、社会が悪い」といって、知らず知らずのうちに全力を発揮しない言い訳をつくっていないでしょうか。人のせいにしたり、自分を卑下したりするのではなく、何事も当たり前のことを当たり前に、自らの持ち場で心を込めて応じれば、必ずいい仕事ができるのではないでしょうか。一所懸命という中世の武士が先祖伝来の所領を命懸けで守ったことに由来した言葉にもあるように、自分の持ち場を大切にし、最善を尽くしていきたいものです。
 このように、一隅を照らすということは、決して大きな事業を成し遂げることではありません。例えば、普段から挨拶を大切にしたり、お世話になった方にお礼の手紙を書いたり、日々の感謝や反省を書き留めて自らを省みたりといった、実は些細なことの積み重ねです。
 経営の舵取りを担う私たちに求められる根本的な力量は、ふとした疑問、ふとした会話や目に映る小さな事柄をつなぎ合わせ、想像力を大きく働かせ、何となく違和感を感じたことに理由を求めていくこと。新たな価値を見つけ出し、新たな時代を切り拓いていくことに尽きます。
 大きな目標への道すがら、立ち尽くすこともあるかもしれません。それでも、日々一瞬一瞬、小さな一步を進めていく。たとえ暗闇の中であっても、嵐や霧の中であっても、目的地を燦然(さんぜん)と指し示すことができる。私たちはそんな一隅を照らす存在でありたいものです。

加藤 滋樹

 

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