アイデアはどこからやってくるのか
「エウレカ!(そうかわかったぞ!)」
古代ギリシャの科学者アルキメデスは、こう叫んだそうです。風呂に入ったとき、浴槽に入ると水位が上昇することに気づきました。上昇した分の体積は体が水中に入った部分の体積と同じであることがわかり、”Eureka! Eureka!”と二度叫んだといいます。彼は人間の体のように複雑な形をした物体の体積を正確に計測するという困難な問題を解決できたと理解し、浴槽から飛び出して裸のまま街をかけぬけ、この発見を共有したと伝えられています。
誰もが経験したことのあるひらめきの瞬間。それには何が必要なのでしょうか。広告業界に携わる者は必読の書といわれる、『アイデアのつくり方』を記したジェームス・ウェブ・ヤングは、「データの収集」「データの咀嚼」「データの組み合わせ」「エウレカ!の瞬間」「そしてアイデアのチェック」の五段階を通してアイデアがつくられていくと述べています。この中で重要になってくるのは、いかにデータを集めるのかということ、そして「エウレカ!の瞬間」が訪れるための準備や条件という二つではないでしょうか。
はじめに、データを集めるという観点です。本稿をご覧の諸氏におかれましては、日々、自己啓発や業務に必要な本を読まれる方々は多いかとは思いますが、大多数が重要な部分にマーカーなどでラインを引くことにとどまっているのではないでしょうか。そこに一?踏み込んでお勧めしたいのが、ラインを引いた部分や人から聞いた有益なエピソードをパソコンやノートに記し、後から振り返ることができるようにすることです。検索性に優れたアプリケーションを使うかどうかは別としても、自分が何らかの引き出しを持ち、それを少しずつでも増やしているということは、少しずつ自分の中に広がっていく年輪のようなものであると信じています。
次に、「エウレカ!」が訪れる瞬間のためには何が必要なのでしょうか。私は、ひとえに集中力に起因するのではないかと考えます。1996年に『EQこころの知能指数』を書いて一躍脚光を浴びたダニエル・ゴールマンは、2015年に記した『フォーカス』のなかで、現代人に集中力が欠けている、もしくは続かないこという問題提起をし、原因として多様な情報端末に取り囲まれ、それを頼りに暮らすようになった現代社会をあげています。「四、五年前までは、プレゼンで五分間のビデオを作れていたのですが、今では一分半が限度です。それまでに相手の関心を引かなければ、みんなメールのチェックをはじめてしまうんです」という宣伝広告マンの嘆きを例に、情報過多になれば注意力は散漫になっていくことを客観的な事実とともに語っています。しかし一方で、著者は、集中力は筋肉と同じようなもので、向上させることも、衰えた後にリハビリすることも可能であることをと述べています。また、ゴールマンも著書にてたびたび引用しているアメリカの心理学者・チクセントミハイは、集中し没頭し、なおかつ幸せな時間のことを「フロー体験」と呼び、「課題がいつもより少し難しく、いつもより少し余分に能力を発揮できる状況の時がいちばん集中しやすいようだ。課題が難しすぎると不安になる。フローは退屈と不安のあいだのデリケートな範囲でおこる」とその体験を得るための条件を伝えています。
「無からは何も生まれない」。冒頭のアルキメデスはこのようなことばを遺しています。私たちは新しい価値を生み出す何かが訪れることを信じて、忙しさの中にあっても青空を見上げ散漫な注意力を開放し、季節の移り変わりに意識を向け、本を読み、人々と対話をし、衆知を集めていきたいものです。今回もお読みいただきありがとうございました。
加藤 滋樹