中部経済新聞に掲載されました
経営者のためのコミュニケーション心理学 第21回
同じ出来事に遭遇しても、人によって反応は異なります。たとえば渋滞。瞬時にイライラし、ネガティブに反応する人もいれば、「ゆっくりならゆっくりで別の楽しみ方がある」と合理的にポジティブに反応する人もいます。両者の違いは何でしょうか。
また、同じ内容の説明でも、自信たっぷりで見た目も好青年である営業マンからの説明は、より共感されやすくなります。しかし、購入してしばらく経ってから後悔するという経験はないでしょうか。
ファースト思考とスロー思考。2002年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンは、私たちがもつ思考パターンをこの二つに分けて言及しています。ファースト思考は迅速かつ本能的、直感的な連想に基づく判断であり、スロー思考は注意深く合理的な思考に基づく判断です。
物事を認知したとき、私たちは無意識にファースト思考を活用する傾向があります。ファースト思考がいけないというわけではありませんが、本来抱かなくても良い感情を抱き、取らなくてもよい行動をとってしまい、結果的に「ファースト」とは言い難い、非生産的な行動をとってしまう原因になりがちです。
一方で、どういう仕事に就くか、どういう方法でお金を稼ぐか、このような判断にはスロー思考が欠かせません。私たちにとって長期的に影響のある判断を下す場合は、ペースを落として考え、事実と選択肢をじっくりと検討するべきです。
「この部下は連絡が遅い、だから、顧客へも連絡が遅いに違いない」「ゆとり世代だから競争心はない」「今の悪い状況は将来にわたって続くだろう。自分ではどうにもできない」・・・。このような考えが職場に蔓延していないでしょうか。これらは事実とは全く関係がありません。勝手な決めつけや思い込みで物事を判断し、ファースト思考の罠に陥ってしまっているといえます。
重要なことは、私たちが本能的にスロー思考よりファースト思考を優先する傾向があるということです。本能に頼り過ぎると、じっくり精査して考えるべき事象についてもファースト思考で解決しようしてしまいます。筆者自身もファースト思考に陥りがちなので、今回の原稿は自戒を込めて書いています。
ITの発達による情報量の拡大、グローバル化の進展、多様性の受け入れなど、現代社会は複雑性が増しています。このような現代にこそ、私たちはスロー思考を活用し、深い考察のもと、事実と向き合っていく必要があるのではないでしょうか。
加藤 滋樹