中部経済新聞に掲載されました
着眼大局 着手小局 経営に求められる人間力 第12回
昨年の秋、インドネシアにあるパナソニックの現地法人を訪問しました。インドネシアの著名な起業家であるモハメット・ゴーベル氏は1960年に松下電器産業(現・パナソニック)創業者の松下幸之助氏と技術援助契約を締結しました。その後、1970年に合弁会社を設立し、電化製品の生産をスタートしました。
幼少時に貧困にあえいだ松下氏は1932年5月の創業記念式典にて「水道の水のように低価格で良質なものを大量に供給することで、消費者に容易に行き渡るようにしよう」という経営思想、「水道哲学」を発表しています。一方、その薫陶をうけたゴーベル氏は「バナナは、根、茎、葉、花穂に至るまで役に立たないところはない。人間のみならず、その他の生き物や、周辺の自然にも有益である。この有益なバナナを誰が食べてもとがめられない。自然界に豊富にあるからである。我々の仕事は、このバナナのようにインドネシアの人々にとって身近な商品を豊富に供給することである」と、経営思想をバナナに例えた「バナナ哲学」提唱していました。
日本から6千キロ近く離れたこの地においても、経営の方向性が一般の人たちまで分かりやすいように掲げられていました。松下電器産業の4代目社長をつとめた谷井昭雄氏は、「具体例を挙げてかみくだいて説明することで、部下や社員に理念が伝わっていきます。さらに、それを組織や仕事に落とし込んでいくことで、自然と理念が実践されるようになります」と述べています。
水道哲学とバナナ哲学。この二つがその国の人たちの心を捉えて離さないのは、すっと入ってくる、分かりやすい「例え話」だからではないでしょうか。「良い品を安く、広範囲に供給する」ということに加えて、例え話を入れることで、もう一段階深く心に響くことができます。しかも、水道やバナナのように相手の視点に立った身近な例え話を入れるようにすればイメージがわきやすいので、1回説明されただけよりも理解度は高くなります。相手の脳に映像として描いてもらうことで、伝えたいことが一層分かりやすく心に響きます。
私たちは学びが深くなると、難しい言葉を使って話しがちです。自らが深めた考え方を広く皆さんに伝えていくことは、平易に話す力を問われる、難しい作業です。しかし、そうであったとしても、深めた知識や考えを具体的な形に、ことばに、そして目にみえるようにして伝えていくことに、私たちは挑戦していきたいと思うものであります。
加藤 滋樹